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本日のゲスト・麦見祖隆史氏(自然生活評論家)





司会者「人間のドラマ、それを人は歴史と呼びます。決断の時、決行の時、人は何を考えどのようにして動いたか、その歴史の決定的瞬間を取り上げます。今日のゲストは評論家の麦見祖隆史さんに来ていただいております。先生どうぞよろしくお願いします。」

麦見祖「こちらこそよろしく」

司会者「早速ですが、味噌造りというものはかなり難しいものなのでしょうか?」

麦見祖「はい、マニュアルのようなものを読んで誰でもすぐできるというものではないと思います。温度管理や湿度管理、それらはまぁ、自然任せ、いわゆるアバウトでいいのですが、ようはタイミングですね。麹を混ぜるタイミング、塩を混ぜるタイミング、麦や米を蒸したりする、いわゆる作業する人が阿吽の呼吸がないと成功は難しいと思います」

司会者「昭和の、戦後ある時期までは各家庭で作るのが一般的でした。誰もみな難しい技術を習得していたと言うことでしょうか

「そうですね、ただ難しいといっても学校の勉強のように、あるいはスポーツのように練習したり知識を身につけたりした後本番に臨む・・と言うのではなく、初心者、この場合は少女の役目と言うことになるのですが、初めからぶっつけ本番で、初心者は簡単な役をこなしながら先輩の仕事をみて覚える。知識としてではなく体感ですね。この(感じる)と言うことが味噌造りの場合とても重要になるわけです。ですから、言葉で伝えるものがない。マニュアルがない。現代人にはこの見て覚える、伝えていく、と言うことが大変苦手になって来てしまっているのですね。」

「戦後の学校教育の手法が、味噌造りなど伝統技術を急速に衰退させた原因だと言うことでしょうか?」

「一概に戦後教育が悪いと決め付けるわけにはいきません。戦後教育の理念は(機会の均等)だと思うんです。だれでも努力次第でなりたい職業に就けるんだ。だから頑張れ。と言って努力を鼓舞してきた。これが戦後の日本の経済発展を支え、今格差が云々と言われ担当大臣までいるわけですが、昭和30年代あたりは格差はこんなものではなかった・・それをおかげでかなり是正することができたと思うのです。」

「格差問題を解消した戦後教育。それは、能力さえあったら努力次第で誰でもどんな職業にも就けるし地位も名誉も得ることが出来ると言うことになります。それ自体は大変素晴らしいことだと思うのですが、それが味噌作りの衰退と、どう関係があるのか教えていただけますか。」

「はい、機会均等が浸透し子供の頃からなりたい職業をリアルに選ぶならほとんどの子供、そして若者が(味噌造り)なんかしてるより将来なりたい仕事に役立つものをしたいと思うようになり、親も勉強第一で味噌造りなどするより勉強しなさい、と言うことになります。昔なら子供には親の仕事を継がせる・・これが一般的だった」

「少し分かってきました。職業選択が自由でない時代のほうが、親が自分の持ってる知識を子供に伝えようとしたわけですね?」

「そうです。それが重要なところなのですが、世襲が当たり前の時代は親が先生な訳です。同時に雇用主でもあった。だから教育にも熱心になるし、仕事を教えるには親方が弟子に教えるように下積みから始めて修行を積ませるわけです。意欲を引き出し、考え工夫する力を引き出すためあえて教えない。本を読んだりノートを取ったりするのでなく見て覚え、感じて覚えるわけです。だから味噌造りのためのマニュアルが存在しないのです。ゆえに子供の頃から手伝うことが無くなった現代人は、このような伝統技術、家庭の伝統と言うものが失われてしまったのです」

「すると現代教育を受けている少女は小さい頃から、親から味噌造りを手伝わされたわけではないですね?」

「もちろん違います。だって少女の親自体が、味噌造りの経験が無いのですから、祖父母が知ってるだけです。しかもその祖父母も仕事が忙しく、いつしか作らなくなってしまっていた」

「そんな少女が味噌造りに興味を持ったのは何故でしょう」

「ここで少女が味噌造りをしようと思うきっかけになるのは曾祖母の話なのです。曾祖母は少女が生まれる数年前に他界したのですが、死ぬ間際まで味噌を作り続けた。死ぬ前にはかなり体力も低下してたのではないかと思われます。しかも味噌作りは猛暑の季節に行われます。それまでして、造り続けた曾祖母の気持ちはどんなんだったかと不思議に思うわけですね。」

「すると、謎を究明したいと言う気持ちからでしょうか?」

「それももちろんありますが、それだけでなく、その向こうに何か素晴らしいものがあるような予感がした。それを知りたいと思ったのでしょう。人は素晴らしいもの美しいものに魅かれるわけですから」

「一言で言ってどんなものでしょうね」

「これは想像するしかありませんが、(人のために尽くす)と言うことがどんな意味を持つかと言うことに興味を持ったのではないでしょうか。人のために尽くすことに喜びを感じることを仏教では(菩薩の心)その行いを(菩薩行)と言うのですが、知らず知らずのうちにそれを経験してみようと思った。なぜ思ったか?それはわかりませんがあえて言うなら既に亡い曾祖母のメッセージが少女に届いたと言うことでしょうか」

そして皆さん、いよいよ今日のその時がやってまいります。今夜もご覧頂きありがとうございました


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